こんにちは!

優です!

100人女子会を主催して100人の前で登壇したり、1年で東京にも進出した私ですが、実は小学校1年生~3年生くらいまで不登校でした。

「意外」とよく言われます。

一般に「不登校」というと、なんかネガティブなイメージが強いように思われます。

この理由を私なりに考えてみると、イメージですが、不登校になる人の多くが「いじめ」が原因だからネガティブなイメージを持つのでは、と思っていました。

気になったので文部科学省のデータを調べてみました。

文部科学省が平成26年に発表したデータがネットに上がっていました。

平成18年度に不登校であった生徒の5年後の状況等の追跡調査を平成23年度に行いまとめたデータでした。

そこにあった不登校の主な理由は、

無気力でなんとなく学校へ行かなかったため:43.6%

・身体の調子が悪いと感じたり、ぼんやりとした不安があったため:42.9%

いやがらせやいじめをする生徒の存在や友人との人間関係のため:40.6%

・朝起きられないなど、生活リズムが乱れていたため:33.5%

・勉強についていけなかったため:26.9%

・学校に行かないことを悪く思わないため:25.1%

いじめやいやがらせが主な原因なのは第3位でした。

第1位が「なんとなく無気力」というのも少し驚いたというより、悲しかったです。

不登校当時中学校3年生だった人たちへの調査なので、15歳で「なんとなく無気力」という心境になってしまうことが悲しいです。

これから先なんだってできる年頃なのに。。。

 

さて、ここから私の話に戻らせて頂きます。

私の不登校のきっかけは、「理解できないことからくる拒否感」とか「違和感」とか「恐怖感」でした。

私には2個上の兄と6個上の姉がいます。

私が小学生1年生になった初登校の日、私は「学校に行く理由」がわからないままなんとなくお兄ちゃんについて行き、分団の集合場所へ行き、学校へ向かいました。

その時は分団で登校=家の近い子たちとまとまって学校へ行くことなので、保育園で仲の良かった友達が何人かいたので楽しく学校へ行きました。

ですが、学校の敷地内に入った瞬間、何百人もの子供たちが一斉に正面玄関めがけて歩いている光景が私には怖かったのを今でも覚えています。

頭の中が「何これ?」状態でした。

そこからどこに行ったらいいのかもわからなくて、なんとか保育園時代の友達に教室の外に張り出されている紙の中から自分の名前のある教室に入ることがわかりました。

既に席も決められていて、みんなで先生の方を見て先生の言うことを聞く。

保育園では会ったことのない人がたくさんいる。

その空気感や光景全てが当時の私には違和感、恐怖感、理解できないことからくる拒否感で、次第に学校へ行くことをやめてしまいました。

 

私の両親は共に高校教師でした。

でも、世間一般的に持つ教師のイメージとは違う教師だったと思います。

世間一般の「普通」とか「正論」を押し付けることをしなかったからです。

なので一度も「学校へ行きなさい」と言われたことはなく、「優が行きたくなったら行けばいい」と言われていました。

「なんで学校へ行かないの?」「学校行かなきゃダメだよ」という他の人たちからの言葉から守ってくれていたと大人になってからわかりました。

当時の私の生活リズムは朝起きて家族で朝ご飯を食べて、その後学校の教科書を読んだりドリルをやったり。

おじいちゃんおばあちゃんに遊んでもらったり。

保育園時代の友達が学校から帰ってくる時間を親に教えてもらって、その時間になったら友達の家に電話をかけて「あそぼー!」と言って遊びに行っていました。

今も自由人と言われますが、私は小さい頃から自由人でした(笑)

 

3年間くらい学校に行かないとさすがに飽きてきたことや、確か3年生の時のクラスメートが寄せ書きを書いてくれたこともあり、「行ってみよー」と思い行くようになりました。

3年間の間に保健室登校をしたことも覚えています。

その時の保健室の先生のことは今でも心に残っています。

その人も、正論をかざすことなく見守ることのできるタイプの人でした。

 

家族や周りの人に恵まれていたので、小さい頃から「不登校が悪いこと」とは思っていませんでした。

実は私の6つ上のお姉ちゃんも不登校時代があり、その時の両親も無理に行かせようとせず、本人の意思を尊重していて、結果?お姉ちゃんは16歳でたった一人でピースボートに乗り世界一周しました。

フタをしないこと

世間一般の普通を押し付けないこと

可能性を信じて見守ること

簡単ではないけれど、子供は勝手に成長するんだなとまだ自分の子供はいませんが、子供目線で思います。

そして、大人になってからはむしろ「私、不登校でよかった」と思います。

私が中学生の頃から言われるようになったのが

・芯がある

・自分の意見をしっかり言える

です。

中学生から「芯がある」と言われるのは珍しいと思うのですが、これは両親の人格の影響が一番、二番は中学1年生の時にお兄ちゃんに貸してもらった洋楽のアルバムをきっかけに海外のテレビ番組を見るようになり、外国人のコミュニケーション(言葉の内容や表現力等)に触れていたことに影響があります。

私は日本の教育は洗脳の要素があると思っています。

国や会社にとって都合の良い、扱いやすい思考の人間を育てるための要素が。

私は不登校だったことで「みんなと同じことが正しい」とか世間一般の「普通」とかから離れている時間が他の人より多かったです。

それが自我を確立するのに役立ったと思います。

不登校だったことが今の私の人格に影響を与えていることは間違いないでしょう。

世間一般の「普通」を押し付けると、世間一般の平均的な人間になると思っています。

こういう話をすると「普通って何?」「そもそもみんな違うから普通というものがないのでは?」と思う方もいるかと思います。

もちろん私もそういう意味でも「普通」ってそもそもよくわからないし、「普通」という言葉は定義するのがかなり難しい言葉だと思っています。

これは今回のメインテーマではないので、ここでの「普通」は「多くの人が平均的に持っている共通認識」くらいで捉えて頂ければと思います。

 

私は今、男女格差をなくすための活動をしていますが、日本の教育を変えることも目標のひとつです。

明らかに時代に合っていないのと、人間の可能性にフタをする教育だと思っているからです。

ひとくちに「教育」と言ってもやり方はいろいろ。

おもしろいことを考えるのが好きなので、みなさんの期待を超える新しい教育のカタチを発信できるよう、思考を重ねたいと思います(^^)♪

 

今日もハッピー♪今日もワクワク♪