マドンナのウーマン・オブ・ザ・イヤー受賞スピーチ

こんにちは!

\優です!/

昨日、本好きの友人がインスタで「〇〇の言葉」シリーズとして山口路子さんが書いている「マドンナの言葉」「ココ・シャネルの言葉」「マリリン・モンローの言葉」等をを並べた写真を紹介していて、“私におすすめの本は?”と聞いたところ「シャネルとマドンナ!」2秒で返ってきたので早速読んでみました。

 

実はこの「〇〇の言葉」シリーズ、「シャネルの言葉」はざっくり読んだことがあり、仕事に対する姿勢や個を確立している考え方、発言が好きだと思っていたんですが、他にも「〇〇の言葉」があることは知りませんでした。

今回「マドンナの言葉」を読んでみて、めちゃくちゃ共感!!!

私は現代もなお

・男性がしてもOKなことが女性がすると非難される世の中

・まだまだ「女性はこうあるべき!」等、女性の可能性にフタをする世の中

だと思っていて、そこを変えたいから「100人女子会」というイベント等を行っています。

日本の男女格差をなくすべく活動しています。

「マドンナの言葉」には、2016年12月9日に【ビルボード・ウーマン・イン・ミュージック・アワード】が開催されマドンナが<ウーマン・オブ・ザ・イヤー>に輝いた際行ったスピーチが載っていました。

とても共感する内容ですが、中々なことを言っているのでこれを公の場で言えることに感銘を受けます。

マドンナのようなパワーのある女性、いわゆる一般人よりもいろんな経験をしていろんな世界を見てきた女性、「強い女性」というイメージのある女性が語ったメッセージをより多くの人に読んで頂きたいのでここにシェアします。

 

マドンナの受賞スピーチ


私は“doormat”(いつもやられっぱなしの人)として皆さんの前に立っています。あ、違う、女性エンターテイナーとして、でしたね。

あからさまな性差別と女性嫌悪、そして絶えず続くいじめや容赦ない暴言に耐えて34年に渡ってキャリアを持続できた私の能力を評価していただき、ありがとうございます。

 

至る所で人々がエイズで亡くなっていました。ゲイであることは安全ではなく、ゲイ・コミュニティに関与することはクールではありませんでした。

1979年のニューヨークはとても恐ろしい場所でした。住み始めて1年目に私は銃で脅され、屋上でナイフを喉に突きつけられながらレイプされ、アパートにはあまりに何度も侵入されて物を盗まれるので鍵をかけるのをやめました。その後の数年間で私はほとんどの友人をエイズかドラッグか銃に奪われました。

その経験から学んだ重要なことは、自分を信じること以外、人生において本当の安全は存在しないということでした。

 

デビー・ハリー、クリッシー・ハインド、そしてアレサ・フランクリンからも勿論刺激を受けましたが、私の本当のミューズはデヴィッド・ボウイでした。彼は男性と女性の精神を体現していて、そこがとても私の性に合っていました。ルールなんてない、と私は彼のおかげで考えるようになりました。でも私は間違っていました。ルールがないのは男子だけ。女子にはルールがあったのです。

 

女子はゲームに参加しなければなりません。きれいでいること、可愛くいること、セクシーでいることは許されます。でもあまり賢く振舞ってはいけません。体制から外れた意見を持ってはいけません。ふしだらな格好をして男性から物として見られるのは許されますが、ふしだらな自分に自信を持ってはいけません。そして決して、決して自分の性的な妄想を世界に発信してはいけません。男性のこうあるべきだと思うような女性になりましょう。そしてもっと大事なのは、男性と一緒にいても他の女性に危機感を与えないような女性になりましょう。そして最後に、歳をとってはいけません。年齢を重ねることは罪です。あなたは批判され、けなされ、間違いなくラジオで曲をかけてもらえなくなるでしょう。

 

やがてショーン・ペンと結婚した時、私は放っておかれるようになりました。彼は“人のケツに弾丸を打ち込むような”男だったし、私が人妻になったからです。暫くの間、私は脅威ではなくなりました。それから数年後、私は離婚してシングルになり……ごめんね、ショーン。そして“エロティカ”というアルバムと“SEX”という本を発売しました。その頃、自分があらゆる新聞と雑誌の見出しになっていたことを覚えています。私について書かれた記事の全てが私の欠陥を痛烈に指摘していました。私は娼婦や魔女と呼ばれました。ある見出しは私をサタンと比較しました。私はその時、“ちょっと待ってよ、プリンスだって網タイツとハイヒールを履いて口紅をしてケツを出してるじゃない”と思いました。その通りです。でも彼は男性でした。その時初めて、女性は男性と同じような自由が許されていないということを真に理解したのです。

 

世間から辛辣な言葉を浴びせられていた頃、サポートしてくれる女性の仲間がいればいいのにと願ったこともありました。だけど、著名なフェミニスト作家のカミール・パーリアが、私が自分を性的な対象として表現することによって女性全体の立場を後退させているとコメントしたのです。それで私は“ああ、じゃあフェミニストにはセクシュアリティがないのね。否定するんだ”と思いました。そして、“もういいや。私は違う種類のフェミニスト。悪いフェミニストなんだ”と思ったのです。

 

私がこれまでにしたことの中で一番物議を醸すことは、ただ居残ったことかもしれません。マイケルはもういません。2パックもいません。プリンスもいません。ホイットニーもいません。エイミー・ワインハウスもいません。デヴィッド・ボウイもいません。でも私はまだここに立っています。私は運が良かった一人で、毎日自分が恵まれていることに感謝しています。

 

ここにいる全ての女性へ私が言いたいことはこれです。女性はあまりにも長い間抑圧されてきたので、男性が自分たちについて発言することを信じているのです。仕事を成し遂げるには男性を支えなければならないと信じています。そして支えるに値する素晴らしい男性だって中にはいるでしょう。でもそれは彼らが男性だからではありません。尊敬すべき人だからです。女性として私たちは自分とお互いの価値を正当に評価し始めなければなりません。友情を育めて、同じ立場で考えられて、教えられて、協力し合えて、刺激を受けて、支持できて、そして啓発されるような強い女性を探し求めてください。

 

この賞を受賞したことより、この場で皆さんにお礼を言う機会をいただけたことの方が嬉しいかもしれません。ここに至るまでに私を愛し、支えてくれた人たち……。どれほど皆さんの支えが私にとって大切だったか、きっと分からないでしょう。

 

と同時に、私を疑った人、否定した人、ひどい目にあわせた全ての人、私に向かって“できない”とか“やる訳がない”とか“やってはならない”と言った人に言いたいです。あなたの抵抗が私を強くし、もっと努力させ、今、このような闘志あふれる人間にしてくれました。私をこのような女性にしてくれました。ですから、ありがとうございました。

 

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このスピーチを、何も見ずに話したこと。途中涙を滲ませながら伝えたこと。

かっこよすぎます。

このスピーチの中と本の序盤で「バッド・フェミニスト(悪いフェミニスト)」という言葉が書かれていますが、読んでみて私もバッド・フェミニストになりたいのかなと気づきました。

今はまだ私の活動は叩かれるほど有名にはなっていませんが、今後もし叩かれることがあっても絶対に諦めないパワーの一部となってくれる本となりました。

こういうのをこのタイミングで教えてくれる友人にも感謝です。

《男女格差をなくし、女性が自分で自分の人生をデザインできる世界》の実現に向けて、今日もコツコツ頑張ります!